2015年3月23日月曜日

公募なくして独立なし


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裁判官制度の改革について[その2]
裁判官制度の改革について
補職・配置の改革―公募制・応募制への転換―
(ア)応募制の採用
補職・配置について、応募制を採用するべきである。応募制は、補職・配置先の職務、地域を予め明示した上で希望者を募集し、募集に応じた者の中から裁判官推薦委員会が適任者を選び、最高裁に推薦する補職・配置制度である。
応募制を採用する意義は以下のとおりである。
第1に、それは裁判官の自律性を高める機能を有する。応募制では、裁判官は応募しない限りその場所にとどまることになる。これは異動を望まない者がその場にとどまることができるという意味で、後述第3のように、裁判官の独立を実質的に保障するが、他方、異動を望む裁判官は、そのために自ら能動的に行動する必要がある。異動を望む裁判官は、他の候補者と透明で公正な競争をした上で所期の異動を求めていくことになる。裁判官は、自らの資質・能力を最も生かす補職・配置先は何かを考え、裁判官としてのあり方にかかわる自己点検を行うことになる。異動に関し、裁判官に自律した能動的発想が求められることになる。
このような精神活動の能動性は、裁判官が真に独立して積極的にその職務を行うための基盤となるものである。
第2に、それは裁判所にとって補職・配置理念の転換となる。これまでの補職・配置は、最高裁判所人事局に集約された情報に基づいて決定されており、いわば裁判所の内部の事柄であった。応募制の理念は、いわば外に広く人材を求めて、裁判所を、開かれた活力あるものにしようというものである。応募者は、果たして自己の奉職する職場として魅力的なものであるかどうか、という観点から裁判所を見ることになる。裁判所は、そのような視線にさらされることにより、自らをより魅力的なものに変革する必要に迫られることになる。
第3に、それは裁判官の独立性を実質的に保障するものである。応募制では新たな補職・配置を定める場合に、それを希望する者(応募者)だけがその対象となるという意味で、意に反する異動を排し、補職・配置を介しての人事権者の恣意的な管理を排する。補職・配置の手続の主導権が、司法行政担当部署から個々の裁判官らに移る。
応募制をとりながら、選任過程が少数の人による不透明・恣意的な決定によるのでは、裁判官の独立性は実質的には保障されない。ここにいう応募制の下では、市民も参加した下級裁判所裁判官推薦委員会が客観的な基準と応募者に関する豊富な資料に基づき実質的な選考を行って補職・配置先を決めることになる。応募制とこのような選任手続が相まって、裁判官の独立が実質的に保障される。
第4に、それは適任者の選任を得ることにつながる。応募制によって意欲のある者が応募する。それら応募者の透明・公正な競争を通じて、その地位に最も相応しい裁判官が選任されることとなる。第5に、それは地方分権に資するものである。任地等を明示した応募制をとることで、当該地域で裁判官として働きたいとの意欲をもった者が着任することになる。また、当該地域ブロックの下級裁判所裁判官推薦委員会が地域の実情に合った裁判官を選任することにより、地域に根ざした裁判官を得ることができる。

(イ) 現状の問題点
法律上、裁判官は、その意思に反して転所させられることはない(裁判所法第48条)。しかし、現実には、この条文によって転任を拒否することはほとんどない。裁判官は、ほぼ3年に1度の頻度で全国を異動している。希望の多い東京や大阪などの大規模庁に入るときには、一定の経験年数までは「何年後に、最高裁判所の指定する庁に異動する」との一筆を裁判官から出させていることを、最高裁判所も平成12年7月31日付書面で認めている。転任の内示に際し、家族の事情からやむなく転所の自由を主張したらところ、「転任の自由を主張した裁判官は一人もいない。どうしても主張するならば、後任も決まっているから官舎を開けてほしい、事務分配もしない」と言われたという例(大塚喜一「刑事弁護士としての私」『日本の刑事裁判』(現代人文社、1998)198頁)まである。
裁判官全体が当然のように異動する。裁判官は、毎年、「裁判官第2カード」を提出して転任についての意見を聞かれる。この状況下では、自分だけが1か所または近隣の通勤可能な範囲の裁判所に居続けることは極めて困難である。しかも、これらの転任は最高裁判所裁判官会議が開かれる前に、事務総局や高等裁判所によって作られた原案を内示して承諾を得る形で行われている(平成12年7月31日付および同年10月30日付「司法制度改革審議会からの質問に対する回答」)。かくして転所拒否の自由は形骸化されている。10年後にどこにいるかを自ら決められない生活―その不安定さは、“身分保障”が名ばかりのものになっていることを示している。裁判官の目が、市民や地域にではなく、裁判所内の処遇に向きがちになる原因になっている。もとより裁判の利用者にとってもこれは好ましくない事態である。担当裁判官が原則3年ごとに異動し、かつ同じ庁内でも部が玉突き式に変わる結果、事件途中での裁判官交替が多くなり、訴訟遅延の原因の一つとされている。それが直接主義に反するのはいうまでもない。

(ウ) 諸外国の状況
諸外国でも、事実上、転所が強制されることは裁判官の独立性を危うくするものと考えられている。裁判官の転所しない自由が強固に保障されている。キャリア制度をとるドイツやフランスでも、異動は本人の応募により他所やポストを希望するときのみに行われるとされている。
応募制であれば、本人の自主的意思が尊重され、裁判官の独立を害するおそれはない。日本でも応募制にすべきである。

(エ) 改革の提案
指定制から応募制への転換
現在のように3年程度ごとに異動し、かつ最高裁判所がそれを指定する制度から、本人の応募によるそれへと変更すべきである。応募の前提として、任意退官や死亡、任期の終了や定年によってポストの空席が生ずる予定がある場合には、広報で告知するなどして周知徹底する必要がある(募集の広告は、例えば、ハワイ州では新聞に、ドイツでは「裁判所時報」にあたる出版物に掲載される)。複数の応募があった場合には、下級裁判所裁判官推薦委員会などの選定機関が、客観的資料をもとに決定する。

応募制の制度像(a)所長・長官
応募者の中から下級裁判所裁判官推薦委員会などの選定機関が選定する。
裁判官の身分保障の問題ではないので、2年程度の任期制を定め、同じ者が所長や長官として長年とどまる事態を避ける必要がある。(b)総括裁判官総括制は、部の中に上下関係を生じさせるおそれがあるので廃止すべきである(少なくとも輪番制にすべきである)。過渡的には応募制を採用してその裁判所の裁判官の互選とする。1955年の下級裁判所事務処理規則の改正までは、総括の「指名」は最高裁判所が各裁判所(裁判官会議)の意見を聞いて行うことになっていた。同年の改正で、その裁判所長の意見を聞いてこれを行うことに変更された。しかし、大阪地方裁判所の裁判官会議は、1996年までは、裁判官会議での部総括の選挙制を続け、所長は、その結果を尊重することになっていた。
総括指名も裁判官の身分保障の問題ではないので、任期制(1~2年)を導入すべきである。一度選ばれるとそのまま継続して総括であり続ける形にはすべきでない。
(c)最高裁判所事務総局および高等裁判所事務局長後述の事務総局の改革を行い権限を縮小すべきである。当面、過渡的にはポストごとに分けて公募し、2年程度の任期を決めることが望ましい。最高裁判所事務総局や高等裁判所事務局長に同じ者が長年在任して、これら少数の者のみが情報を掌握することのないようにすべきである。
(d)ポスト以外の配置ポスト以外の配置にも応募制を導入する。希望者がいないところは、弁護士会が責任をもって、当該裁判所への任官者を確保する。また、非常駐庁には、各高等裁判所単位でローテーション派遣・巡回裁判所・非常勤裁判官制度などの方策が考えられる。

地域ブロック制(選択制)の整備完全な応募制による補職・配置ができれば、本人の主体的意思によって、転任の範囲も事実上限られてくる。しかし、完全な応募制が確立するまではある程度の期間を要すると思われる。そこで過渡的には、現在の問題点を多少とも改善するものとして、地域ブロック制(選択制)を導入すべきである。分権化の流れにも対応し、司法が地域に根づく第一歩になり得る。
任官する際、本人の希望により、ある一つの高等裁判所ブロックに所属することとし、転任は、その高等裁判所ブロック範囲内に限る制度とする。これによって転任しても居所を変更する必要性が少なくなる。あわせて高等裁判所ブロック範囲内の過疎地はその高等裁判所で補うことを明確にする。
高等裁判所ブロック範囲外となる最高裁判所事務総局や調査官については、応募制によるか、あるいは、期間を決めて各高等裁判所から派遣することとする。最高裁判所は、高等裁判所ブロック範囲外への異動希望者の調整のみを行えばよいことになる。
この地域ブロック制は、応募制とも両立し得る。任官と転任の範囲は地域ブロック内とし、長官・所長や部総括はそのブロック内からの応募制にすることなども考え得る。

(オ) 補職・配置の各種見解に対する考察
最高裁判所は、「裁判官の異動については、全国津々浦々に設置されている裁判所に裁判官を配置して国民の要求を満たす必要があること、希望の集中する都会地の任地にいる者とそうでない地方の任地にいる者との機会均等を図るといったことなどから避けられぬものであるし、長く同一の任地にいると生じてきがちなマンネリズムという弊害を除去したり、その土地との癒着を避けるといったメリットもある」(最高裁判所事務総局人事局平成12年5月31日付「裁判官の人事評価の基準、評価の本人開示、不服申立制度等について」)とする。
この問題は、裁判官の配置は強制すべきものではないという前提に立って考察すべきである。「国民の要求を満たす」ためには、地方分権の趣旨にのっとり、地域指向の裁判所・裁判官を作ることが本道である。いわば中央集権的に裁判官を其処此処に短期間派遣するようなやり方では、真に地域住民の要求を満たす裁判所・裁判官は生まれない。地域住民とともに地域の社会づくりを担おうという意欲のある裁判官が、地域に根ざして執務することが望ましい。弁護士会が、希望者のいない裁判所には責任をもって任官者を確保するとする趣旨もここにある。
「マンネリズム」も、転任といった他律的手段で克服すべきものではない。地域社会における法の支配に責任を持つとの自覚と不断の自己点検とで、これを避けるべきものである。
「癒着を避ける」との点には管理者的発想が現れている。「癒着」しないのは当然である。それは転任により地域住民から裁判官を引き離すことによって回避すべき問題ではない。地域住民の中に溶け込み、励ましや批判を受ける中で、名誉ある存在としての裁判官のあり方を確立していくことによって確保すべきものである。諸外国においては転所しない自由が強固に保障されているが、構造的に「癒着」が生じていることはない。

最高裁判所事務総局権限の見直し

(ア) 現状の問題点
(3)の冒頭で述べたように、裁判官人事の事実上の決定は最高裁判所事務総局で行われている。最高裁判所裁判官会議の原案を作成し、それがそのまま承認されているのである。転任は最高裁判所裁判官会議が開かれる前に、事務総局や高等裁判所(事務局長)によって作られた原案を内示して承諾を得る形で行われており、昇給については人事局が原案を作り、総括指名・所長人事についても事務総局で原案を作成している。「司法行政については全くの素人で知識も経験もデータもなかった…」(大野正男「弁護士から裁判官へ」(岩波書店、2000)102頁)最高裁判所裁判官は口出しのしようがなく、原案を承認することになるのである。現にこの10年に事務総局が原案を作った総括指名・所長人事を裁判官会議で変更された例がないことを事務総局も認めている(平成12年10月30日付「司法制度改革審議会からの質問に対する回答」)。各地の裁判所による司法行政も、事務総局と高等裁判所事務局長の系列で事実上方向性が示されるものが多く、各裁判官会議が実質的に決定する範囲が狭くなっている。また、最高裁判所事務総局は、審議会からの質問で初めて、評価報告の書式や人事関係記録の所在や、大規模庁に入る際に一定の経験年数の裁判官までは、「何年後には、最高裁判所の指定する庁に異動する。」旨の一筆を書かせていることなどを明らかにした。本来公表されてしかるべきものまで、全くベールに覆われていたのである。これ以外にも人事制度で不明な部分は多々あり、いまだ裁判官人事制度の全体像は明らかではない。また、各地での司法行政も一部の裁判官だけが関与することが多くなっている。このように、現在の人事制度や司法行政は不透明であり、最高裁判所事務総局を中心とする一部の裁判官のみが把握していると言っても過言ではない。客観性が担保されておらず、不透明な部分が多い。これらを改革する必要があることは明らかである。この事務総局や司法行政組織の肥大化に対しては、事務総局出身者から、「…司法行政を過大視し結果的には無意識にせよ「行政優位」の考えに支配されていることになりはしまいか」。「…若し裁判所にこのこと(司法行政官として裁判の実務を離れたポストのみを歩ませること)が行われるなら、それは司法行政独占の弊を生ずる…」。「…同一人を繰返して事務局系統に勤務させる例が漸く多くなっているので殊に懸念される…」(鈴木忠一「わが国司法の現状と問題点」ジュリスト265号(1963)12~13頁。鈴木忠一氏は元司法研修所長・元最高裁判所人事局長である)と臨時司法制度調査会発足当時にすでに懸念の声があがっている。しかし、その後の推移は事務総局権限の更なる増大、同一人の事務総局勤務固定化の方向をたどり、懸念が現実のものとなり更に強化されているのである。

(イ)改革の提案―権限の分散と透明化と外部参加―
裁判所法上は、事務総局は「最高裁判所の庶務を掌らせるため、最高裁判所に事務総局を置く」(第13条)とされている。本来は庶務を行う部署が肥大化し、問題点で指摘したような強大な実質的司法行政権限を握っている。これを本来の庶務を行う機関に戻し、裁判所法の予定する各裁判官会議による司法行政に戻すべきである。地方分権の趣旨にも沿うことになる。
司法行政上の機能の分散最高裁判所裁判官会議がすべてにわたって事務総局や各裁判所に実質的コントロールを及ぼすことは不可能である。各地の裁判官会議や高等裁判所ブロック単位で基本的に司法行政を行うシステムにし、事務総局はその調整のみとすべきである。任用は推薦委員会、転任は応募制ということになれば、総務・人事・経理の官房3局は全国に関係する経理的な面と事務補佐的な面に縮小できる。他の部署についても、高等裁判所ブロック単位を基本とし、縮小を図ることができる。また、任期を決めて応募制にし、事務総局に長期間在任しないようにすべきである。
これとあわせて、各地の裁判官会議や高等裁判所ブロック単位での司法行政の実質化を図っていく必要がある。現在の裁判官会議は所長や常置委員会にほとんどの権限を委譲しており、裁判所法の予定する司法行政上の機能を果たせていない。再度活性化して、裁判官会議として国民に負託された責務を担っていくようになる必要がある。
透明化
各地の裁判官会議や高裁ブロック単位で司法行政の主な部分を担い、かつ外部者参加をすることにより透明化を図るべきである。事務総局の職務についても同様で、できる限り透明化すべきである。従前は公表されていた裁判官会同や裁判官協議会の内容も公表されなくなっている。また、諸外国に派遣した裁判官による外国制度調査も、一部発表されているにすぎない。
これらは本来公表されるべき情報なのである。応募制や人事評価開示をすることにより、公開できない情報は極めて限られることになる。
裁判所外からの参加弁護士・学者・民間人等を、事務総局や高等裁判所事務局の人事関係担当部署に参加させることにより、人事の客観性を担保すべきである。

人事制度改革の継続的チェック
人事制度改革は長期にわたるので、審議会で方向性を出すだけでなく、それを実現できるようにするためのチェック機関は必須である。今後の推進機関の中にこのチェック機関をはっきりと位置づけ、より透明で客観的な人事制度を確立していく必要がある。









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